第一章
爽
空を仰いで
何度この土地を訪れたことだろう。
調査に一年余り要して税務署と議論してきた。今日は最終的に納税者に報告をして調査終了となる日だ。税務署と折衝して証拠・根拠資料を提示し相続税評価の見直しが認められてきた。自分なりの納得のいくところと納税者の理解を得られるところが合致した。さながら「人事尽くして天命を待つ」そんな心境だ。通いなれたお宅の玄関先でふと空を見上げると雲ひとつ無い澄んだ青空だ。今の心境にぴったりの清々しい天気だった。
この相続税調査は予想を遥かに超え長い期間になってしまった。それは決して妥協を許せない沖縄問題の多い土地だったからだ。沖縄戦で基地に多くの土地が接収され住民は収容された挙句、収容所から自分の土地に戻ったときには国の施策として土地が別の人に割り当てられたりし、自分の土地に住居を構えることも出来なくなっていった。沖縄のあちらこちらで見かける住宅密集市街地の形成過程は土地所有者の犠牲に成り立っていることも多い。
市街地密集地域の相続税評価で頭を悩ませたのがスージ小(グワー)(幅員が狭い路地)いわゆる2項道路に面した貸宅地評価と那覇市内の傾斜地だった。こんな町の真ん中にこれほどのがけ地があったのか。果たしてどのように評価すれば良いものか。
毎日、社内で議論を重ね喧々諤々。時には議論中断して現地へ出向き、実際に崖の高さを再認識し写真を取り直すことも。前回は気づけなかった石積みのもろさや傾斜が気になったりして、現地に行くほどに新たな発見と論点が浮かび上がる。前言撤回!新しい解釈で相続税評価をやり直し社員へ指示をすると、「またですか・・・」と諦め顔の社員も気を取り直しパソコンに向き合う日々が続いた。その間にも測量士や鑑定士と現地で会い土地の個別事情を丹念に調べ尽くす。判例を探すために国会図書館のデータを検索したり、自治会の古い地域の市史を読んだりした。それほどまでに土地評価は奥が深いものだ。どれ一つとして同じ土地はないのだから当たり前なのかもしれない。
現地調査を終えて、議論の末に評価方法をやり直しする社員たちとスイーツを食べにお洒落なカフェへ行くのも楽しみの一つ。地道な作業ばかりでは辟易してしまいがちだから、ちょっとした気分転換だ。もっぱら喋るのは私だけで皆はスイーツに夢中。「仕方がない・・・40歳も年が離れるともはやジェネレーションギャップというやつだ」
一年がかりの相続税調査の終わりに、空を仰いで澄んだ空気を一息吸ってから納税者のお宅の玄関へ入った。一通りの説明をし終えるとお客様から「山内先生ありがとうございます。ここまでやっていただけて感謝です。」そのお言葉に内心「ほっ」と安堵が広がる。税務署の方もこちらが提出した資料や証拠を丁寧に見ていただき精査・理解してくれた、私も税理士として適正な税務のためにとことん調べ尽くした。結果として納税者の理解を得られ納得のいく仕事がひとつ完了出来た。
けれど沖縄独特の土地事情の問題はまだ解決していない。これからも私の向き合うべき課題なのだろう。「さて今度はどこのスイーツを皆にお土産を持って帰ろうかな」調査報告の帰りに嬉しさ込み上げる私はおやつの事を考えながらハンドルを握っていた。