ご挨拶 ~お客様に会いたくて~
初めまして。
お客様は何かご相談があって当サイトにお越しになりましたね?
ありがとうございます。とても嬉しいです。
「税理士に頼むのは気が重いなぁ」
「税理士に頼んでも解決するかなぁ」そんな疑問を感じてますね?
私はたかが「税理士」されど「税理士」です。ちょっぴり人生経験も長いのでお客様のお役にたてることも多いものです。
せっかくお越しになったのですから、ご相談をぜひお聞かせください。私やスタッフ総出で頭をフル回転して、解決に向けて努力します。
きっと新しい発見や解決手段が見つかります。
お目にかかる日を楽しみに待っています。
プロフィール
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1952年・・・読谷村出身
四女一男の長男として生まれた。
ふたご座 O型
読谷村渡慶次小学校
読谷中学校、読谷高校卒業
小学・中学・高校と児童会役員や生徒会長を務めた -
1970年・・・読谷高校卒業
読谷村ではディキヤーだったほう(?)・・・
家計を思って現役で地元の大学合格を果たす。 -
1974年・・・琉球大学法文学部商学科卒業
復帰後、琉球大学が国立になって初めての卒業生となった。 幼馴染のお父さんから、「税理士という職業があるぞ。君達もこれからはそんな職業を目指しなさい。」中学時代に言われたその言葉をおぼろげに思いだしながら卒業後の進路に悩んでいた。
東京の商社に内定がでていたが、急遽取りやめ、親類のツテを頼って上京した。
大学の教授に大目玉をくらった。今思うと教授に申し訳なかったが、この時の決断がなければ税理士になっていなかったのだと思う。教授スミマセンデシタ・・・。 -
1974~1980年・・・東京・大崎にある新田会計事務所へ親類の紹介をうけてなんとか仕事につく。
昼間は仕事をして、夜は大原簿記専門学校へ行き税理士科目を勉強。
給料は学費・生活費・仕送りに消えたこの頃。貧乏だったが、至って悲壮感はなくラーメンでなんとか食いつないでいた。時折、実家から母が送ってくれるポーク缶詰は最高のご馳走だった。そういえば、母はよく手紙を書いてくれ、「庭に桜の花が咲きました。」といって桜の花びらが同封されていたり・・(涙涙!) -
1980年・・・税理士試験合格!税理士登録 晴れて税理士になる。
東京には沢山の人がいて、私を必要としていない。
私を必要としてくれる沖縄に帰って、沖縄の人の役にたちたい!!
大真面目に使命感に燃えていた。 -
1981年・・・税理士事務所開業
何のツテもないまま、机二つ事務員一人で小さな税理士事務所を構える。
不安ながらも、大いなる希望に燃えていた。
税理士を沖縄県でとれるようにと、税理士を目指す人のための塾を開設したり顧問先が増えるにつれもっと専門的な勉強が必要だと痛感し、東京・大阪など本土への研修勉強に惜しみなく時間とお金をかけた。
その頃から続けている事業承継・相続のコンサルティングは、年齢や時代と共にますます重要なスキルとして現在の私を支えてくれている。 -
1990年・・・自社ビル完成
果敢なく事業にチャレンジしていた頃。
他の事業に拡大を図ったものの、資金調達に失敗し、どんどん苦しくなっていく一方。
もがき苦しんだ人生最大の試練だった。 -
1998年・・・会社整理
税理士事務所を存続
税理士業を邁進し、出直すために経営していた会社を整理し自社ビル売却。
債権者集会を開き、債権者一人一人に誠意を持って謝り、再起を誓う。
私を支えてくれたのは私を応援してくれるお客様と家族と税理士事務所スタッフ。
そして、なによりも仕事をするうえでなくてはならない「税理士」という資格。
前にも増して「税理士」としての使命を大切にし、経営者の役にたちたいと、自らの体験を基に「失敗しない経営・強い会社になる!」を掲げて経営者の相談・アドバイス・指導を行っている。 -
2002年・・・「沖縄版相続税の実際」本を出版
3000部出版し、なんと完売!!
資料収集と執筆わずか六ヶ月間だったが、驚くほどの集中力で書き上げた。
改訂版を出版に向けて日夜構想を練っている。そのひと時が楽しい。 -
2005年・・・税理士事務所
来店型会計事務所として那覇市おもろまちに移転。画期的なスタイルを提供する税理士事務所のショールームを開設。 経営者も個人も業種を問わず相談したくなる雰囲気になっている。
税金の事だけでなく、幅広い問題をワンストップサービスで受け止め、適宜各専門家へと繋ぐことで、使い勝手の良いよろず相談所といった具合だろうか。まずは来てのお楽しみです。
絵本「いくさーせーならん」出版
三本のペニシリン
両親の米寿祝いには両親の「自分史」を制作していたいとかねてから考えていたが数年前に広島県尾道市文化協会から戦争中・戦争直後父の事が書かれた「山内さん」というエッセイが出された。
沖縄から遠く離れた地で、当時の父と直接面識のない人が書いた、父の様子は、私にとって新鮮な出来事だった。 そこから、色々な人達との出会いを重ねていくうちに、自分史という形ではなく、「絵本」という形にして両親が戦争の混乱した時代を生き抜いてきた証を残そうと考えた。 こうして出来上がった絵本は、その後もあちこちで話題にしてもらい両親への米寿祝いに華を添えた。 私の成功と失敗の狭間で、苦労をかけた両親への、私からの感謝の花束のつもりである。 -
2006年・・・「改訂版「沖縄版・相続税の実際」執筆開始
おもろまちに移転してきてから、私の本を携えて相続の相談をされる方が度々訪れる。読者との嬉しい出会いに、絶好調になって相談にも熱が入る!
前作から税法の改正があったこともあって、全面改訂しようと、執筆にとりかかった。
夜毎増えていく原稿量だけが、私の目下の楽しみです。 -
2007年・・・「著書2冊目となる「沖縄版 相続税の実際・改訂版」を沖縄タイムス社から出版。
本の執筆も2冊目なので、快調に筆は運び(キーボードをたたく?)沖縄タイムス社の全面的協力で新聞広告にも掲載されたので、かなりの評判と反響をよんだ。 -
2010年・・・那覇市松山に自社ビル購入。
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2011年・・・那覇うみそらトンネル開通。
自社ビルへ事務所移転。那覇市の中心地久茂地交差点まで徒歩7分!!という立地の良さ。
☆著書第3弾「沖縄の人のための相続・贈与」9月沖縄タイムス社より出版タイトルと表紙のせいか、3000部は発行1ヶ月で完売!!
嬉しい悲鳴をあげ、第2刷2000部を追加印刷。「沖縄の人のために役にたちたい」心密かな志が少しは果たせたようで心地よい疲れと満足感を味わう。 -
2012年・・・税理士法人化と同時に中部店開設
社員1名増員 20名体制で更にパワーアップ! -
2013年・・・「沖縄版相続税の実際」本を出版 3000部出版し、なんと完売!!
資料収集と執筆わずか六ヶ月間だったが、驚くほどの集中力で書き上げた。
改訂版を出版に向けて日夜構想を練っている。そのひと時が楽しい。 -
2013年・・・沖縄県立博物館にて「沖縄の人のための相続対策セミナー」定期開催
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2014年・・・「沖縄版 相続でもめないためのエンディングノート」出版
渾身の力作を豪語したがあまり売れず社員からブーイング(涙)
でも言わせて欲しい…
「家系を紐解き円満な相続を願って執筆しました。一家に一冊はあってもいいのかと・・・(笑)」 -
2014年・・・一般社団法人銀行融資プランナー協会認定銀行融資プランナー取得
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2015年・・・沖縄タイムス社主催 終活フェア 出展
特別セミナー講師としてセミナー開催「沖縄相続事情と相続対策」
丸の内相続大学校 相続マイスター課程修了 -
2016年・・・「沖縄の人のための信託・相続」沖縄タイムス社より出版
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2017年・・・浦添産業振興センター結の街「相続税対策と家族信託セミナー」定期開催
沖縄産業支援センター「相続税対策と家族信託セミナー」開催 -
2018年・・・ナハテラスホテルにて「一人医師医療法人活用セミナー」開催(3月)
ラグナガーデンホテル「一人医師医療法人活用セミナー」開催
ナハテラスホテルにて「医業経営セミナー」(10月) -
2019年・・・来社型顧問契約スタイル実践中!
お客様の経営課題を来社でじっくり、とことん考えます。
顧問税理士&社外取締役としてフルパワーでお客様の悩みを解決に導きます。 -
2020年・・・コロナ感染対策を十分にとりながら、オンライン会議を駆使して来社型顧問サービスを充実させています。
「財務監査では見いだせない経営課題を経営者と一緒に取り組んでます!」 -
2023年・・・
書籍「ズバリ!沖縄の人のための相続・贈与」の改訂版を沖縄タイムス社より出版[8月]
「改訂版 ズバリ!沖縄の人のための相続・贈与」出版記念セミナーをタイムスホール(那覇市)で開催[9月]
「沖縄の人のための相続・贈与セミナー」「沖縄の相続贈与・相続税は土地評価で決まる!セミナー」を沖縄コンベンションセンター(宜野湾市)で開催[10月,11月]